6月大歌舞伎の「NINAGAWA十二夜」を観劇したんだけど、
劇中に、
「恨みと恥辱の五分と五分」
というセリフがあって、
(恨みを買うような言動をする罪と、その恨みを相手に恥をかかせることで晴らそうとする罪は、ある意味互角という意)
妙に納得した私。
「仕返しをしたい」「同じ思いを味わわせてやりたい」「復讐して腹の虫を納めたい」
誰かや何かに恨みを持った経験のある人なら、そう思う気持ちもわからなくないんじゃないかな。
だからって、犯罪が許されていいものでは決してないけれど。
もちろん、私だって恨みを抱いたことくらいあるよ。人間だし女だからね。
一番苦しくて辛くて、必死で這い上がろうとしていた時に向けられた蔑みの目。傲慢で尊大な慇懃無礼な言葉の数々。
悔しかった。
その悔しさが怒りへと変化するのに、そう時間はかからなかった。
だから私は、相手にも同じ“悔しさ"というものを味わっていただくことにした。
悔しさという味を痛いくらい知ったその時、人を人とも思わぬその態度がどれだけ人を傷つけ、罪なことかを知り、悔い改めると思ったから。
まあそこで私も、恨みを晴らしたという罪を背負い、その罰を受けてリスクを取ったわけだけどね。懺悔もたくさんしたし…
だから「恨みと恥辱の五分と五分」
恨みある者に対しても、恩徳をもって報いられる人がいるのだとしたら、それは仙人。
世俗に生きる我々のような俗人には難しいのである。
だから、なるだけなら、恨みは買わない方がいい。
人が人に恨みを持つ時というのは、
大事なものを奪われた時。
大切なものをぞんざいに扱われた時。
プライドを踏みにじられた時。
差別を受けた時。
裏切られた時。
人間性を無視されたり、人間としての尊厳を奪われた時。
気をつけていこう。










うーん、難しいですね。
>「仕返しをしたい」「同じ思いを味わわせてやりたい」「復讐して腹の虫を納めたい」
まぁ、解らないでもないですけど・・・。ぼくにも経験あるんだけど。結局は、全て自分に跳ね返ってくる。
結果が全て自分に帰ってくる!善も悪もね!
だから、昔から「修養」という言葉もてはやされたんだよね。
投稿:伝説の人形造形師 | Jun 27, 2009 12:11:09 AM
人が人に恨みを持つ時。。。
逆に、恨みを買う側の人格は?と考えてしまいました。表と裏の顔をたくみに使い分けていたりして・・・。表の顔はかなりの善人だったりもして・・・なんて。
アフィ先生が書かれた6行すべてが当てはまり、それがたった一人に全て向けられた時、向けられた人はどうなってしまうのでしょう? 心も身体も健康ではいられなくなってしまいそうですね・・・。
気をつけなくちゃ。。。
投稿:miku | Jun 27, 2009 12:23:19 AM
伝説の人形造形師さん>
そうなんですよね。全部自分に跳ね返ってくる。
だけど、分かっているけど気持ちがおさまらないことがあるのが人間なのかもしれません。日々精進したいです。
投稿:アフィ | Jul 1, 2009 10:30:03 AM
mikuさん>
恨みを買う人の特性は、「傲慢さ」にあるのではないでしょうか?
そんな気がしてなりません。。。
投稿:アフィ | Jul 1, 2009 12:15:36 PM